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先生は照明係

先生という職業には

幸せになるための道をライトで照らして子供達に見せてあげる照明係

のような役割があると思っています。

 

みんな同じ人生を歩む必要はないし、目標にたどり着く道は一つではないよ。それぞれ幸せに生きていければどんな道を歩いてもいいんだよ。途中で違うと思えば、ルート変更だってできるしね。あなたの幸せは何?将来何をして生きていきたいの?そっか、じゃあこんなルートがあるよ、こういうのもやりたいことに近そうだね。他にもこんな道があるし、あんな道もあるよ。

 

そんな風に先生たちがたくさんのルートをライトで照らして見せてあげられたら人と違う道を選ぶ事に恐怖がなくなって、自分らしく生きていける人が増えるんじゃないかなぁと近頃思うわけです。

 

でも、先生になる人の多くは、教育大学や、総合大学の教育学部を出て、そのまま先生になる人ばかり。だから、保守的な、普通とされる道しか知らないし、だからそういう道しか照らせない。

 

先生たちも一生懸命子供達と向き合って、先生という職業を愛している人達ばかりなのは分かっています。兄が公立中学の先生をしていて話を聞いているとすごく子供達への愛が伝わってきますし、朝から晩まで土日祝日もなく一生懸命働いています。わたし自身も先生方にたくさんお世話になり、どの先生も誠実に向き合って下さいました。

 

しかし、わたしが先生方に見せてもらった道は高偏差値の国立大学もしくは早慶→大手就職という道ばかりでした。地方公立や私立という道は3トーンも4トーンも暗いライトで照らされて、専門学校なんてほとんど見えませんでした。やりたい事を真剣に考えるより偏差値のことばかり考えていました。

 

自分の問題意識さえあれば、気づいた事なので全面的に人のせいにするつもりはないですし、別に今まで歩いてきた道を後悔もしていません。でも、他のオプションを知らなかったわたしとわたしの周りの人たちにとってはその道には何の疑問もなく、息を吸うくらい当たり前の事で……その道から外れればその道を行った人より下。人生終わり。そんな恐怖がありました。今思えば一種の洗脳のようなものです。

 

それが日本の教育になってるのではないか、だから学歴主義の大手主義になり、そこからはみ出してしまった人がコンプレックスを抱くのではないか。そんな風に思います。

 

もっといろんな道を見せてあげて、自分で生きることを教えてあげられれば、そういう教育を受けた子供達が大きくなった時、もっと柔軟な生きやすい、明るい日本になるんじゃないかな。